昭和三十七年生まれの私は小学生の頃「大きくなったら結婚するのは当たり前。子供も二人か三人生んで、お父さんとお母さんみたいに平凡でも幸せに暮らすんだ」などと思っていたし、クラスの女の子達も皆似たり寄ったりだったと思う。確かに小学生の私の目から見た両親は、幸せそうだった。といっても現代の幸せな家庭はまずそこそこ裕福であることが条件だろうから、そういう意味ではうちは幸せではなかった。給料日前にお金がなくなり、米屋や三河屋(昔の酒屋は今のコンビニみたいに何でもあった)に頼んでツケにしてもらっていたこともあったようだし(今ならマイナス口座にしたり、クレジットカードで借りたりするところだろう)、学校は当然のようにずっと公立で、外食は何か特別な日だけだった。父親は仕事が忙しく、母は家計のやりくりと育児に疲れていて、よく喧嘩をしていた。私はそんなことを察していい子にできるような子供ではなかったので、イライラした母親によく叩かれた。それでも子供の目から「うちの親はうまくいっている」ように見えたのは、父にも母にもまったく迷いが見えなかったからだろうと思う。彼らは建ててしまった家のローンを返すため、そしてつくってしまった子供を育てるため、やみくもに日々を過ごしていたのだ。しかし、昔うまくいっていた両親が、今は以前ほどうまくいっていない。ローンも返し終えて、二人の子供もそれぞれ独立して出ていった。するとあとには共通の趣味も話題もない夫婦二人が残された。あるのはお互いに対する不満ばかりだ。しかし彼らには、離婚しようという発想はないようだ。あんまりお互いがお互いの悪口ばかり言うので、娘の私は「そんなに嫌いなら別れれば?」と冷たく言うのだが、そうするとどちらも黙り込んでしまう。まあ確かに、そうできるなら文句を言わないだろう。自分の両親という、あまりにも身近で限定された例ではあるが、そうして夫婦の遍歴を眺めていると、これまた私は結婚するのが恐くなる。長年つれそえばお互い深く理解しあえるとは限らないのだ。しかし、付け加えておくと、そんな両親が離婚しない理由は、打算的な理由だけではないのだと思う。彼らは若いときは確かに他人だったかもしれないが、今では自分の親より長く暮らした家族である。性格も趣味も考え方も合わなくても、お互いにとっては一番近い身内なのだ。仕方なく結婚を続けている、と言うとネガティブに聞こえるが「仕方ない」と思うことは逃げずに現実を受け入れる、非常にポジティブな考え方とも言えるのかもしれない。
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