明治七年、阪神間の鉄道開業に際して輸入された機関車十一両のうち、現存する一両が旧加悦鉄道の二号機関車です。三号蒸気機関車という呼称は、鉄道院における車両番号で、明治六年に英国スチーブンソン社で製作された日本で二番目に古いものです。明治初期の大阪〜神戸間の鉄道敷設で活躍後、加悦鉄道では大正十五年十二月の開業当時から昭和三十一年まで働きました。本機関車は国内に唯一現存するスチーブンソン社製機関車で、改変部も少なく十九世紀後半の英国の機関車製造技術を今に伝える産業技術遺産として大変重要なもので文国指定重要文化財。是非一度足を運んで見にいきたいものである。一見する価値は十分にあるだろう。旅行がてら、立ち寄ってみては、どうだろうか。若狭の武田氏と丹後の一色氏が入り乱れて戦った戦国時代、山の多い舞鶴では、戦略の拠点として多くの山城がつくられました。平成二年までの調査で、市内に百六十七ヵ所の山城跡が確認されていま犬舞鶴の場合、高い山頂より標高百メートルに満たない場所のものが多く、また、若狭との国境に近い東地域に多く見られます。若狭高浜城主の逸見駿河守によって佐波賀沖の小島に蛇島城が築かれました。連郭式の堅固な城で居蛇島城跡館もあったとされることが、永禄十二年にここを訪れた連歌師・里村紹巴の『天橋立紀行』からもうかがえます。溝尻城は市内最大級の城郭で、東西二百三十メートル、南北三百八十メートルの規模をもちます。若狭国境や束舞鶴湾の港が近く、経済・軍事の要所だったと考えられます。周辺には他にも城郭が多愛宕山城跡(右後方は建部山)く、支城や向城として構築された可能性もあります。
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丹後の旅館「坂本屋瑠璃亭」